営業で成果でないことに起因する転職体験談につきまして

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研修期間

私は、四年生大学の文系学科を卒業してまして、学校から直入で保険会社の営業職に就職する形になりました。就職してからは、研修期間があり、非常に意欲を持って取り組んでおりました。

 

研修期間中では、接客のマナーやお客様に対する言動や身だしなみ態度、懲戒処分事案等を構成する職員としてやって良いこと悪いこと等、会社内の規則を破ればどのような扱いを受けるか、また、規則を破ったり反社会的な行為をした場合にどのような、制裁があるか等を段階ごとに分けて講義を受けました。

 

また、その反対に賞詞として、お客様から多数の評価を受けた場合や、指名されるようになった場合等の懲戒処分事案とは、反対に成果があった場合に対する表彰の対象と言うような形で、どのような評価が獲れた場合に賞詞の対象となるか等非常に様々な講義を受けました。

 

研修期間としましては、概ね三ヶ月間ありまして、その間については、同期と他愛の無い話しで盛り上がったり、学生の頃の延長ような形で非常に楽しかったです。寮生活も体験したのですが、遅刻や外出の申請許可があり、非常に厳しかったですが、寮生活での規則を遵守していれば、特に怒られることはありませんでした。

 

宿直の当番の方が、日替わりで寮の当直勤務に就くのですが、日夕点呼等、朝の点呼と夜の整列時の点呼の際に、寮の当直の方がいらして、人員点検を実施されるような形になっておりました。朝は全員6時に起床しまして、すぐに点呼を受けます。

 

そこから、ラジオ体操を全員で実施する形になりますが、終わった後には、全員で寮内の清掃を一斉に実施します。その間に、当直者の方が抜き打ちで寮内の部屋を点検されると言う形になりますが、非常にきめ細かい所まで見られる形になり、それも評価の一つとして加算されるか、マイナスされる形になります。

 

座学では、当たり前のことですが、一切居眠り禁止で、居眠りがあった場合は重いペナルティーが課される形になります。それらの厳しい寮生活や研修先での研修を終えた後は、晴れて営業職へと配置されます。営業職の部門に配置されてからは、研修生活とは一変して天国から地獄と言うような形でした。

営業の会話術

まず先輩と一緒に動向して、お客様との交渉を隣で見させて頂く形になります。そこで、お客様と打ち合わせをしまして、その交渉の際に、どのようにして、保険の説明を効率的に実施して、お客様に納得してもらい、そこから、簡単な保険から勧めるような形で、契約にこぎつけるまでのテクニックを学びましたが、その交渉術の中で思ったことは、その人にしかできない会話術と言うものがあるのではないのかと思いました。

 

その上司しかできない会話術や、反対に私しかできない会話術があり、まずその上司の会話のテクニックをそのまま、使用してもダメだなと思い、私は、自分なりの会話術で保険の説明を試みてみることにしました。しかし営業として頑張っても成果でない現実に直面してしまいました。

営業の成果について

営業成績の良い方は、常に何かを取り入れているのではないのかと思いましたが、それが何なのかも分からず焦る一方の毎日で、ついに一人で営業しなければならなくなった時に自分の会話術の無さとコミュニケーションの下手さを改めて実感する形になりました。

 

そこから、成果でない営業に対して、自分はこの業界には向いていないのでは無いかと考え始めるようになりました。成果でないと常に上司から別室に呼び出される形になり、そこで日勤教育と言う形で、レポートを何枚も提出させられるのです。

 

また、その部屋で営業のシュミレーションをさせられたり、営業成績が悪い理由として、箇条書きに何枚もレポートを記載させられる内に頭の中がオカシクなりそうでした。成績の良い同僚は、私が部屋から出てくるとクスクス笑いますし、もう終わりだなと思いました。

 

これだけ同僚との差がついてしまったら埋め合わせすることは困難ですし、営業の才能が無いと判断して私は、一年で営業職を去る決意をしました。そこから、私は、離職への恐怖へと変わり、何としても在職中に、次の転職先を見付けることとしました。

 

成果でない現実から自分の適職を探したい、成果でない現状を打破したいと言う思いが自分の中で強固に芽生えました。

営業成果が悪いと転職

成果が出る職場へ自分は何をしたいのかから、考えることにしまして、様々な転職サイトから、情報を得る中で、私は、営業職ではなく、職人タイプではないのかと思い、一人で没頭できる仕事として、適職であると思いましたのが、技術職の方でした。技術職でもあまり人とのコミュニケーションを必要とせずに、一人で進めていけるような個人の技能を重視してくれる会社を探すことになり、その結果、個人の能力を尊重してくれる、個人重視での技能職と言う形で、自分の適性に見合った会社に就職することができました。

 

今では、その会社の職員としてガス溶接等の溶接関係の仕事をしております。営業職から離れることができて良かったと思いました。

 

 

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